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2011年05月14日 (土) | Edit |
震災ボランティアに行った青年たちからその手記その2は、研究職に勤める社会人、Oくんです。


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センターの立ち上げは希望だった
――Oくん(民青県常任委員、研究職)
 

作業場所の陸前高田の海岸に向かう際には、市街であった土地を通るのですが、まさに見渡す限りのガレキの山で、壊滅的な状況でした。
それらの光景を横目で見ながらバスにて「素通り」する間は、なんとも言えない「無力感」や「やりきれなさ」を感じずにはいられませんでした。

ただ、実際にみなで作業を行うことを通じて、少しずつ海岸がきれいになっていく様子を見て、現地の方からの声をいただいて、やはり達成感は抱きました。
先の素通りの際には、自分(達)の無力感を感じずにはいられませんでしたが、「できること」はあり、また何よりも「しなければならないこと」は無限にあるということに気づかされる思いでした。

センターでの交流会でも僕と同じような無力感を感じている青年の発言がありました。
一方、発言は「センターが立ち上げられたことで、何かしたいと思っていた気持ちを形にする機会を与えてもらった」と続き、センターが立ち上げられたことに希望を感じたという感想もよせられました。
民青広島県委員会が地震直後から1週間行った「街頭募金活動」の取り組みを行う際に、広島の同盟員からも同様の発言がなされたことが想起されます。
僕自身の今回のボランティアセンターの立ち上げに対する思いも、交流会でのこの青年の発言とぴたりと重なる思いでした。

使い古された言葉ですが、「私たちは微力ではあるが無力ではなく」、なによりも「私たち」を成立させる「受け皿」として、今回の民青同盟が取り組んだボランティアセンターの立ち上げは、大変貴重なものであったと思います。
また、センターの呼びかけ自体を行え、呼びかけに応える同盟員がいるという、民青同盟自体がもっている力のようなものも感じました。

うまく言葉にしにくいところですが、震災後、広島で街頭募金活動への呼びかけがなされた時にも思ったことですが、今回民青同盟が立ち上がってくれたことに、「うれしさ」のようなものを感じています。


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